村上かつら『淀川ベルトコンベア・ガール2』

淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)

淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)

村上かつらという作家との出会いは微妙なものだった。彼女はビッグコミックスピリッツ誌を中心に10年以上のキャリアを持っているので、何らかの形で読んだことはあるはずなのだが、全く記憶に残っていない。彼女と似た名前の有名作家が、犬が主人公のお涙頂戴マンガを描いてベストセラーになり、うっかり読んでしまって胸糞が悪くなり(その作家の旧作はその種のマンガではなかったので、色々な大人の事情があったのだろう)、似た名前の作家がやはり犬(正確には犬型ロボット)が主人公のお涙頂戴マンガを描いていることを知り、毒をもって毒を制そうと手に取ったのが『ラッキー』だった。
ラッキー―Are you LUCKY? (ビッグコミックス)

ラッキー―Are you LUCKY? (ビッグコミックス)

この作品が「お涙頂戴」たり得ているのは、人死にが出るからでも犬型ロボットが機能停止するからでもない。犬型ロボットのコミュニケーション機能にある制約があり、その制約のもとで迎える最期が涙腺をたまらなく刺激する。あざといと言えばあざといが、巧いなあ…と浄化された。ただしアイディア一発なので、この時点では旧作まで読み返そうという気にはなっていない。
淀川ベルトコンベア・ガール 1 (ビッグコミックス)

淀川ベルトコンベア・ガール 1 (ビッグコミックス)

この出会いから数ヶ月後に、『淀川ベルトコンベア・ガール1』が発売された。普段なら、この程度の出会いで作家のウラを返そうとはしないのだが、「淀川」は将棋や相撲と並ぶ、筆者にとってのマジックワードのひとつなのだ。blogで取り上げるマンガの舞台としては相対的に大阪が多いが、生まれも育ちも縁があるわけではない。親の出身地まで遡れば縁がなくもないが、家で大阪文化を叩き込まれたわけでもない。幼少の頃のマンガ体験の中で、いしいひさいち『バイトくん』(下記シリーズではなく、70年代後半にプレイガイドジャーナル社から刊行されたオリジナルシリーズ)が決定的に大きな役割を果たしたおかげだ。関西大学での学生生活を、「東淀川大学」「安下宿共斗会議」をキーワードにギャグにしたノリは、体の奥底まで染み付いている。ちなみに、筆者のヴァーチャル大阪体験のもうひとつのバイブルは、初期青木光恵作品(『青木通信』『小梅ちゃんが行く!!』等)である。
青木通信 1 (SPコミックス)

青木通信 1 (SPコミックス)

小梅ちゃんが行く!! 1 (バンブー・コミックス)

小梅ちゃんが行く!! 1 (バンブー・コミックス)

思い出話はこのくらいにして、村上かつら『淀川…』に戻ろう。この作品の主人公・かよは、福井から単身上京して淀川べりの油揚げ工場に住み込みで働く16歳の少女。工場の同僚に同世代はおらず、中学校時代の友人たちともすっかり疎遠になり、河川敷の高架の下で「ともだちがほしい!」と叫ぶ日々。そんな彼女の工場に、17歳の少女・那子がアルバイトで入ってきた。彼女と「ともだち」になろうと空回りするかよ。もちろん、那子がアルバイトを始めたのには事情がある。彼女は本命の公立高校の受験に失敗し、滑り止めのお坊ちゃん/お嬢様学校に首席で入学した。友達グループがお揃いの携帯ストラップやアクセサリーを付けるのはよくあることだが、それが1個数万円のオリジナル製品になってしまうお嬢様たち。中流家庭で暮らす那子は、このギャップをアルバイトで埋めようとした。「国立大の医学部を受験する資金を貯めるため」とバイト先には嘘をついて。

那子の友達グループは彼女とかよが知り合いだと気付き、かよをホームパーティに呼び出して見世物として辱める。この様子を見た那子は偽りの友人関係を清算しようと決意するが、そこにバイト先の社長の息子(幼馴染みの那子に恋心を抱いている)の的外れな助太刀も加わり、彼女は医学部受験という嘘を本当にせざるを得なくなる。学校で孤立した寂しさを紛らわすため、かよとの距離を縮めてゆく那子。それを「ともだちになれた!」と無邪気に喜ぶかよ。だが、那子は生活のリズムを崩し、成績も急降下する。彼女の異変に気付いたバイト先の同僚は「友だちなら、嬉しいコト楽しいコトだけやのうて、心の叫びを聞いたらな」とかよに諭す。かよが那子の力になろうと動き始めた時、福井の実家に事件が……次巻を待て!

Cue 3 (ビッグコミックス)

Cue 3 (ビッグコミックス)

いかにもな引きに、相変わらず巧いなあと呟くわけだが、この作品に期待したくなるのは、1巻のあとがきも大きい。この作品には2003年の短篇「純粋あげ工場」という原型があり、その後日譚として始まる。2003年当時に問題になったのは、女の子が高校にも行かず、町工場に住み込みで働くという設定は「悲惨すぎて」リアリティがないことだったが、現在問題になっているのは、中卒女子が正社員として雇用され、個室の社宅まで与えられるという設定は「待遇が良すぎて」リアリティがないことだという。新自由主義の導入後わずか数年で底が抜けてしまった日本社会の現在を描きたい、という決意に期待せずにいられようか。かつては青年誌のニーズに応えた青年群像劇――まさに那子の友達グループの日常のような――を描いていた村上が、本作のような設定で長篇を描いていること自体が、時代の変化を象徴している。主人公たちとは世代の違う工場の同僚たちの描写が、回を重ねるごとに血の通ったものになっているのも、この連載を通じて村上が変わりつつあることを示しており、期待はますます膨らむ。
淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)

淀川ベルトコンベア・ガール 2 (ビッグコミックス)